古代ローマ(こだいローマ、ラテン語:Roma antiqua)とは、イタリア半島中部に位置した多部族からなる都市国家から始まり、領土を拡大して地中海世界の全域を支配する世界帝国になった国家の総称である。当時の正式な国号は「元老院ならびにローマ市民(Senatus Populusque Romanus)」であり、共和制成立から使用されて以来滅亡まで体制が変わっても維持された。 ローマ市は、帝国の滅亡後も一都市として存続し、世界帝国ローマの記憶は以後の思想や制度にさまざまな形で残った。
日本で通常「古代ローマ」と言う場合、中世におけるローマ帝国である東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は含まないことが多い。
紀元前753年(建国)から紀元前509年(または紀元前510年)まで。ロムルスに始まる伝説上の7人の王が治めていた期間。
初期の4人の王はローマ建設時の中心となったラテン人とサビニ人から選ばれているが、その後の3人の王はエトルリア人出身であるとされる。これは初期のローマにおいてエトルリア人による他民族支配を受けていたことを示すと考えられている。
紀元前509年から紀元前27年まで、イタリア半島の一都市国家から地中海の全域に属州を持つ帝国となった期間。政治は元老院と政務官を中心として、民会などで一般ローマ市民の意思も反映されながら運営された。ディオクレティアヌスの即位を普通開始とする。そのまま西ローマ帝国の滅亡までを帝政後期としてくくることも多いが、テオドシウス1世の死後に帝国が東西に分裂した後は、西ローマ帝国、東ローマ帝国としてわけることもある。
後期以降の時代は皇帝による専制や君主崇拝が強められ、専制君主制(ドミナートゥス)と呼ばれることが多い。 またコンスタンティヌス1世のミラノ勅令によってキリスト教が公認され徐々にローマの支配イデオロギーの中の枢要な部分を占めるようになっていった。
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